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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)7104号 判決 1971年10月25日

原告 増田正直

被告 北尾匡司郎 外一名

主文

原告が被告匡司郎に賃貸している別紙目録<省略>記載の土地(以下、本件土地という)の賃料が昭和四二年一月一日から月四、九三二円、昭和四三年五月一日から月七、八九一円であることを各確定するとの訴および被告兌子に対する訴を却下する。

原告が被告匡司郎に賃貸している本件土地の賃料は昭和四五年六月一日から月金八、八五二円であることを確定する。

原告の被告匡司郎に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用のうち原告と被告匡司郎との間で生じたものはこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告匡司郎の負担とし、原告と被告兌子との間で生じたものは原告の負担とする。

事実

一  当事者の求める裁判

(原告)

原告が被告らに賃貸している本件土地の賃料は昭和四二年一月一日から月四、九三二円、昭和四三年五月一日から月七、八九一円、昭和四四年五月一日から月九、八六〇円、昭和四五年六月一日から月一万二、三三〇円、昭和四六年四月一日から月一万五、二九〇円であることを各確定する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

(被告ら)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二  事実関係

(請求原因)

(一)  原告は昭和四〇年一一月一日被告匡司郎に対して、本件土地を賃料月二、九五九円の約で賃貸したところ、その地上の居住家屋についてはその妻である被告兌子名義で同年一一月一七日の所有権移転登記がなされている。

(二)  ところで、本件土地は阪急宝塚線服部駅南西四〇〇メートルの公道に接しており、近隣には店舗、アパート、文化住宅が密集し、学校、消費施設にも近いという地理的環境にあつて日常生活に至便な土地であり、そのこともあつて本件土地付近の地価は年々著しく昂騰しているばかりでなく、本件土地について原告の負担する公租公課も固定資産税で三割、都市計画税で九割毎年増加しており、このようなことが影響して本件土地付近の賃料は年々増額されてきている。

そして、本件土地についても付近の土地と同様毎年その賃料を増額するのが相当であるところ、本件土地の適正賃料額は昭和四二年一月一日において月四、九三二円、昭和四三年五月一日において月七、八九一円、昭和四四年五月一日において月九、八六〇円、昭和四五年六月一日において月一万二、三三〇円、昭和四六年四月一日において月一万五、二九〇円とするのが相当である。

(三)  そこで、原告は被告らに対して昭和四二年五月八日および六月七日到達の内容証明郵便で本件土地の賃料を同年一月一日から月四、九三二円に(以下、第一増額請求という)、昭和四三年六月九日に到達した内容証明郵便で同年五月一日からの賃料を月七、八九一円に(以下、第二増額請求という)、昭和四四年四月一一日に到達した内容証明郵便で同年五月一日からの賃料を月九、八六〇円に(以下、第三増額請求という)、昭和四五年五月二五日に到達した内容証明郵便で同年六月一日からの賃料を月一万二、三三〇円に(以下、第四増額請求という)、昭和四六年四月一六日に到達した内容証明郵便で同年四月一日からの賃料を月一万五、二九〇円に(以下、第五増額請求という)それぞれ増額する旨の意思表示をなしたので、本件土地の第一ないし第五増額請求時における賃料はいずれも適正額である原告主張の賃料に増額された。

なお、第一ないし第三増額請求の意思表示は本件賃貸借契約を被告匡司郎の詐欺を理由として取消したうえ賃料相当損害金の額を増額する形式でなされたものであるが、この意思表示のなかには賃貸借契約に瑕疵がなかつたと判断された場合における賃料増額の意思表示が予備的に含まれているのであるから、賃料増額の意思表示としての効力をも有するものである。

(四)  よつて、原告は被告らに対して「原告の求める裁判部分」記載のとおり、第一ないし第五増額請求時における本件土地の賃料が原告主張のとおりの額であることの確定を求める。

(請求原因に対する認否)

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実のうち本件土地が服部駅から直線距離で南西四〇〇メートルのところに位置し、その近隣にはアパート、文化住宅が密集していて日常生活に便宜な場所であることおよび本件土地付近の地価と公租公課が上昇していることは認めるが、その余の事実を否認する。

本件土地付近はその上空が大阪空港に通ずる航空路の航路となつていて、その騒音のために生活状態は良好ではなく、テレビ視聴料の危険地域となつているのであつて、抗弁において主張する賃料不増額特約との関係から第四増額請求特に賃料を増額するとしても、その賃料額は三・三平方メートル当り月一〇〇円を限度とするのが相当であり、それを超える原告の増額請求部分は失当である。

(三)  同(三)の事実のうち第四、五増額請求の意思表示が原告主張の時期に被告に到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。

第一ないし第三増額請求の意思表示であると原告が主張している意思表示は原告が主張している理由による賃料相当損害金の額を増額する旨の意思表示で、賃料増額の意思表示とは前提を異にするものであつて、賃料増額の意思表示としての効力を有しないものであり、仮に増額請求としての効力を有しているとしても、第二、三増額請求は賃借人である被告匡司郎にではなく、地上家屋の所有者である被告兌子に対してなされたものであるから、その効力は被告匡司郎にはおよばない。

(抗弁)

仮に第一ないし第三増額請求がなされていたとしても、被告匡司郎が本件土地を賃借するに当つては、賃料は賃借後三年間を経過する毎に必要ある場合に限り協議のうえ改訂する旨の不増額特約を締結していたところ、第一ないし第三増額請求および第五増額請求は右不増額特約に反するものであるからその効力を生じないものであり、効力を生ずるのは第四増額請求だけである。

(抗弁に対する認否)

抗弁事実を認める。

(再抗弁)

被告らの主張する不増額特約は本件土地の地価の著しい昂騰がないことや原告の負担する本件土地の公租公課が据置かれていることを前提としていたものであるところ、本件土地はその後著しい昂騰を続けているばかりでなく、昭和四一年度からは本件土地について固定資産税のほかに都市計画税も賦課されることになり、しかもこの両税は年々増額されているのであるから、右不増額特約は当初前提となつていた状況を欠くにいたつたのであつて、事情変更の原則によつて失効したものというべく、したがつて、右不増額特約はその効力を失い、不増額特約がないのと同一の状態になつた。

よつて、原告は右不増額特約に拘束されることなく、賃料の増額請求をなしえるのであつて、原告のなした第一ないし第五増額請求は有効である。

(再抗弁に対する認否)

被告匡司郎が本件土地を賃借した後本件土地の地価と公租公課が上昇していることは認めるが、その余の事実は否認する。

三 証拠関係<省略>

理由

一  まず、本訴の訴訟要件について検討する。

(一)  借地法一二条に規定する賃料増額請求権は賃貸人が賃借人に対して賃料の支払請求をなしえることを前提としてその支払請求できる賃料額を増額することを目的とするものであるから、賃貸人が賃料請求訴訟を提起したが、その請求が棄却され、その敗訴判決が確定したため、その部分について賃料の増額請求をしても右判決の既判力に触れるため増額された賃料の支払請求について勝訴判決を得ることができないような場合には、賃料増額の訴を提起しても増額部分については賃料の支払請求による裏付を欠き、その目的を達することができないのであるから、賃貸人にはなんらの法律上の利益をもたらさないものであり、確認の利益を欠くことになるから、不適法な訴として却下するのが相当である。

そして、これを本件についてみると、原告が本訴を提起する以前に被告匡司郎を被告として当裁判所に建物収去土地明渡等の訴(昭和四二年(ワ)第三、七五三号)を提起し、その際に本件土地に対する昭和四二年一月一日から昭和四四年一二月三一日までの月二、九五〇円の割合による賃料の支払をも請求したが、同被告においてこの間の賃料を適法に弁済供託しているとしてその請求が棄却され、そのまま確定したことは当裁判所に顕著な事実である。

そうすると、原告の被告匡司郎に対する第一、二増額請求の訴は右判決によつて棄却された部分についての増額請求であり、かつ、第三増額請求とは異り支払請求できるその後の賃料額についても影響を与えるものではないから、賃料の支払請求による裏付けを欠くものであつて、原告になんらの法律的利益をもたらさないから、確認の利益を欠くものとして却下するのが相当である。

(二)  賃料増額請求の訴は賃貸人が賃借人またはその譲受人を被告として提起することによつて、その間に適正賃料額を確定するについての利益と必要が生じるのであつて、それ以外の者を被告として提起したのではその間に適正賃料額を確定するについての利益と必要を賃貸人にもたらさないから、このような訴は確認の利益を欠く結果として当事者適格を欠くことになり、不適法であるから却下するのが相当である。

これを本件についてみると、被告匡司郎が原告から賃借した本件土地の地上家屋がその妻である被告兌子名義で移転登記されていることについては当事者間に争いがないが、右事実を含む本件全証拠によつても被告兌子が夫である被告匡司郎から本件土地に対する賃借権を譲受け賃借人となつたことを認定するに足りないのであつて、むしろ、被告らが夫婦であることを考慮すると、この関係は転貸であるとみるのが実状に合致するものであると思料される。

そうすると、本件土地の賃借人でもその譲受人でもない被告兌子に対する第一ないし第五増額請求の訴は確認の利益を欠くことになる結果として当事者適格を欠くことになるから、不適法なものとして却下するのが相当である。

二  そこで、原告の被告匡司郎に対する第三ないし第五増額請求の当否について判断することになるのであるが、本件土地について原告主張のとおりの賃貸借契約が締結されたことおよび右賃貸借契約に被告ら主張のとおりの賃料不増額特約が付されていたことについては当事者間に争いがないので、以下右のことを基礎として順次第三ないし第五増額請求について検討する。

(一)  まず、第三増額請求について検討すると、成立に争いのない甲八号証の一、二によると、原告の主張する第三増額請求の意思表示は内容証明郵便で被告匡司郎ではなく、その妻である被告兌子宛になされたものであり、その内容も賃料の増額を内容とするものではなく、賃料相当損害金の増額請求を内容とするものであつて、被告匡司郎に関しては内容証明の末尾に「北尾兌子殿(同居退去人北尾匡四郎殿)」と記載されているにすぎないことが認められる。

そして、右認定事実によると、賃料相当損害金の増額請求の意思表示のなかに賃料増額の意思表示が含まれているか否かについて判断するまでもなく、第三増額請求の意思表示が本件土地の賃借人である被告匡司郎に対してなされたとは到底いえないのであるから、第三増額請求については増額の意思表示がなされていないことに帰するのであつて、第三増額請求は失当として棄却すべきである。

なお、原告は成立に争いのない甲九号証の一、二によつても第三増額請求の意思表示をなした旨主張しているようであるが、この内容証明郵便はすでに賃料が増額されていることを前提としてその増額された賃料の支払請求をなすものであるから、これには増額請求の意思表示は含まれていないと解するのが相当である。

(二)  つぎに、第四増額請求について検討すると、第四増額請求の意思表示が被告匡司郎に到達したことについては当事者間に争いがなく、鑑定人小野三郎の鑑定の結果によると、本件土地の第四増額請求時における積算式評価法によつて算出される賃料は月八、八五二円であることが認められるところ、本件賃貸借契約が締結後四年六月を経過したにすぎない新しいもので、三年間は賃料を増額しない旨の賃料不増額特約が付されていることなど諸般の事情を考慮すると、本件土地の第四増額請求時における適正賃料額は右評価法によつて算出されたのと同額である月八、八五二円とするのが相当である。

したがつて、第四増額請求は従前の賃料を月八、八五二円に増額する限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却すべきである。

(三)  さいごに、第五増額請求について検討すると、第五増額請求が右賃料不増額特約に反するものであることは明らかであるところ、本件賃貸借契約が成立した後に本件土地の地価と原告の負担する公租公課が上昇していることについては当事者間に争いがないが、不増額の期間が三年にすぎないことを考慮すると、本件全証拠によるも右不増額特約の効力を失わせるに足る事情の変更があつたとは到底認定し得ないところである。

そうすると、第五増額請求は右賃料不増額特約に反するものであるから無効であり、その効力を生じないから、失当として棄却すべきである。

三、よつて、原告の被告匡司郎に対する第一、二増額請求の訴および被告兌子に対するすべての訴は不適法であるから却下し、原告の被告匡司郎に対する第四増額請求は適正賃料額を月八、八五二円とする限度において理由があるから認容し、その余の請求はすべて失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九二条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中山博泰)

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